110回医師国家試験・総評

2016年2月6日から8日の3日間にわたり、第110回医師国家試験が施行された。今回の試験がどんなものだったのか、また今後の国試に向けてどう対策をしていけばよいのか、徹底的に解説する。

概観

110回医師国家試験を一言で言い表すなら、「多様性〈diversity〉」である。本当によくぞここまで多彩な作問ができたものだ、と感心してしまった。マニアックな出題もあれば、日常的生活の中での医学と関連するライトな出題もあり、充実していた。ただし、どんな難問も無理のない範囲の出題であり、良問が多いと感じた。従来の難問は「君たちはここまで対策できてないでしょ!」的な重箱の隅をつつく意地悪な出題で正答率を下げていた。しかし、そうした難問も過去問をバッチリ対策してくる次年以降の受験生には常識となってしまい(悪しきインフレ現象である)、結果的にどうでもいい細かな知識ばかり持った研修医が増えることとなった(現場の上級医クラスからよく耳にする意見である)。知識はもちろん大切だが、実際の医療を行うにあたり貢献度の低い知識は覚えさせても意味はない。110回では、難問であったとしても、ベースとなる医学的素地をきちんと構築できている受験生にとっては取り組みやすかった。また、その科に進まなかったとしても知っておくべき専門性の高すぎない出題も増えている。これは産婦人科やマイナー科で顕著であった。医師免許取得後に初期研修を経て選ぶ科は原則として1つである。その科について専門性を高めていくこととなるが、そうはいっても全科当直などの際に非専門領域の疾患と相対さねばならない機会は必ずある。手に負えない疾患と判断したならコンサルトすることが望ましいが、それ以前の基本的な対処を一人ひとりの医師ができるようにしてほしい、とのメッセージと考えられる。一方で、必要悪的な出題も散見されている。すなわち本当は背景に専門医クラスの疾患があるのだが、診断をつけることまでは要求せず、受験生の思考力を試そうとする問題である。こうした問題は正答率が下がることを出題者もおそらくは認識しており、それでもなお、受験生に考えぬいてほしい、という意図を感じる。医師国家試験は全問正答せねばならない試験ではない。考えぬいて選んだ答えがたとえ誤っていようと、それはそれで合否に影響しないのでまぁよいか、ということなのだろう。受験生にとってはたまったものではないが、医師国家試験の過去問は諸君の後輩たちの恰好の学習教材となる。広い心で許そうではないか。

形式

現行の国家試験は102回で形式がほぼ固まり、マイナーチェンジを繰り返しながらも、同形式で出題され続けてきた。今回の110回も従来と同形式であったため、受験生に動揺はなかったようだ。A type(1つ選ぶ問題)、X2 type(2つ選ぶ問題)、X3 type(3つ選ぶ問題)の出題数も109回とほぼ同じである。なお、L type(6択以上の問題)として8択の問題が2問出題された。厳密な数値を問う計算問題は110B62110D60に2問出題があったが、両者ともそこまで難しくはなかった。

難易度

全体的な難易度は「標準的」であった。難問も適所に配備してあるが、それを落としたところでしっかりとリカバリーできるような鉄板問題も用意してくれている。ただし、すでに述べたように従来型の出題枠にしばられない多彩な出題があったため、どの問題も一筋縄ではいかないと感じた受験生が多かったようである。誰にとっても自分の受けた国家試験だけは難しく感じるものだ。あくまで客観的な視点から評価すると標準的な難易度と言える。

科目ごとの出題

科目ごとの出題数をグラフにした。109〜100回の過去10年分の各科の出題割合を100%とした際に、110回の出題数がどれほどかを視覚化したものである。

一見して老年病の出題が急激に伸びていることがわかるだろう。110G28のような問題である。高齢化の進む日本では老年病についての学習は避けて通れない道と言え、今後もますます出題がふえてくるはずだ。内分泌代謝と放射線科の出題は少なかったが、これらは一過性のものであろう。他の科目はほぼ例年並みの出題数となった。

トピック

ここからは具体的に問題を挙げて、今回の国試のダイジェストをしていこう。・まず何と言っても今回の国家試験では外科復権が大きい。受験生が自習室にこもってしまい、手術の見学に来てくれないのを外科の先生たちが怒っているのか? とまで感じさせてしまうほど出題数も多く、難易度も高い問題が散見された。110B39110D11などが良い例である。・今年に限ったトピックではないのだが、5択に救われる問題はやはり多い。110E41は正答率は高いのだが、はたして選択肢なしに「手指衛生」と答えられるだろうか。さすがにこの状況で無線LANが欲しいと言い出す現代っ子はいないことを祈るが。・過去問の一歩先をゆく出題も多い。こうした問題は「よしきた!」と思っても、「あれ、解けないな」と意気消沈してしまうものだ。例えば110G33では不均衡型の胎児発育不全で脳血流が相対的に増加する、という事実だけ知っていても正答にはいたらない(実は95B2でヒントはあったのだが)。・かつて出題されて、それ以降沈黙を保ち続けていた問題がふと出題されることがある(『復刻問題』と呼んでいる)。110D15では82B85以来となる抜毛症〈抜毛癖〉、110G53では98A25以来となる肥厚性幽門狭窄症の輸液組成、110I30では92F9以来となる急性心筋炎が出題された。こうした問題は直近の過去問数年分では対策が非常にしにくい。早期から臓器ごとの丁寧な学習開始を呼びかけたい。・総論ブロックの最後に出現する長文問題では従来以上の分野横断がみられた。110G66〜68がよい例だろう。心不全増悪の原因推論→病状改善後の病棟対応→黒色便出現時の対応、と目まぐるしくテーマが変化する。文章量が膨大な長文問題も多く、日頃から丁寧に文章を読む基礎体力と、必要な情報をピンポイントに拾い読みする方法論を両立させる必要がある。・プール問題(過去問とほぼ同じ出題)は50問程度であった。一見少なく感じるかもしれないが、これは「ほぼそのままの問題」を指しており、過去問のエッセンスを複数統合して解決できる問題も含めれば80%(すなわち400問)以上の得点は十分に見込める。どれほど医師国家試験が変貌を遂げようが、過去問研究が最重要であることは揺らがない

必修

・全体的にマイルドな出題で、確実に80%は押さえて欲しいという出題委員の配慮を感じた。むろん110C16110H27といった伏兵もいたが、ここで6点を落としたとしても他で十分に挽回できたはずだ。・臨床実習を重んじる斬新な出題が必修では例年あるが、今年は110F15に着目したい。上腕三頭筋皮下脂肪厚が体脂肪を反映する、という事項だが、外科や栄養に関する出題が増えてきている今、ある意味必然な出題であったとも思われる。・繰り返し問われたのがGCS。必修では108F20を初出とし、109C8でも問われていたため対策はできていたであろう。本年は110E67で出題があった直後に、必修110F8でみられた。国家試験では同一年に同一事項の出題があることも稀ではない。試験が終了した後も不安材料は軽く確認しておくべきである。・109回から長文化している英語問題だが(109F25参照)、今年も110C20で出題された。だが、日本国医学部生の英語力をナメてもらっては困る。この問題はあまりに簡単すぎて差がつかないはずだ。次回以降はもう少し本格的な長文読解を期待したい(2連問をすべて英語で、などどうだろうか)。

111回以降に向けて

111回医師国家試験は4年に1回の改訂となる医師国家試験出題基準の改訂年となっており*、新ガイドライン下で問題が作成されることとなるであろう。また、112回からは現状の3日間の実施から2日間の実施へと短縮され、出題数も400問へ減少することが方針として打ち出されている。10年の安定期を経て、次回からの医師国家試験はまた激変の時代を迎えることとなりそうだ。*2016年8月追記:新ガイドラインは2016年に発表されたが、112回からの適用となるようだ。今回(110回)の多彩な出題もその布石と考えられる。100問のスリムアップを控え、ぜい肉に該当する従来型のワンパターンな問題を排除し、真に受験生の思考力と知識運用力を問う問題を増やしていこう、という思惑なのだろう。111回以降を受験する方々へのメッセージは3つである。(1) 医学的思考コアを養成する。 臓器ごとの学習をしているとただでさえ覚えることが多くて嫌になってしまうこともあるだろう。今回の国家試験でも、新出疾患・新出用語が数多く姿を見せた。Hailey-Hailey病、Bankart損傷、Chagas病、ボルテゾミブ、ブラッグピーク......などなど(このうちいくつを知っているだろうか)。最新の国試に出題された、ということはすなわち全国の受験生が次年度は対策をしてくる、ということである。これに加えて従来の疾患も頭に入れねばならない。そうなると頭はパンクしてしまう。また、時間がいくらあっても足りないだろう。 どうか、すべての事項を覚えようとしないでほしい。基本となる疾患や病態生理を確実に構築し、「医学の考え方」を頭のなかに作ってしまおう。これを『医学的思考コア』と呼んでいる。どんな新出事項が登場しても、このコアから辿って、自分の頭のなかを整理するのが望ましい。この『医学的思考コア』を5年生のうちから地道に積み上げるのが王道な医学の勉強である。(2) 日常に医学の引き出しを作る。 冒頭でも述べたように、国家試験では非常に多彩な出題がされる。飛行機に乗った時にきちんと機内アナウンスは聞いているだろうか。日本便だけでなく、世界中どこへ行っても「酸素マスクは親が先に装着するように」という指示がされる。どうしてだろうか(110A7)。このように日常生活の諸事項を医学と関連付け、興味を持って学習をするのが望ましい。友人同士と雑学を披露しあってもよいだろう。こうした日頃の興味が国家試験という過酷な戦いを乗り切る一助となるのだ。(3) 過去問に始まり過去問に終わる。 国試の過去問は最高の学習教材だ。何より毎年新作されるし、そこらの有名な成書よりはるかに多くの著名な先生方が作成されている。校正やチェックも驚愕すべきほど厳密だ。4年生や5年生から基本的な国試の問題を解き始め、6年生の夏までに大方の過去問は解けるようにしておこう。ただし、それで終わりではない。1〜2周しただけでは国試の深みに到底達したとは言えないのだ。さらに回数をこなし、時には先輩医師や友人、Youtuberの助けを借りて深くまでダイブしてほしい。国家試験勉強の最後は模試でもオリジナル予想問題でもない。国家試験の過去問で国試の勉強を締めくくるのが正しい。

最後に

3日間の過酷な試験を乗り越えた受験生の方々へ。本当にお疲れ様でした。4月からの新生活に向け、今はゆっくり休んでください(でも休みすぎて頭がスッカラカンになっている研修医を4月によく目撃するので、最低限の勉強だけは続けてください)。また、次年度以降の受験生の方々へ。上にも記したように国家試験は今後変化の時代を迎えることが予想されます。どう変化するか、今は知る由もありませんが、1つ確実なのは確実な医学的知識の習得は将来の医師人生の糧となる、ということです。ぜひとも早期から王道な学習を開始し、将来の目標への道程を明確にしてください。私たちmedu4も変化する国試業界をリードしていけるよう、講義力・教材力・情報力にさらなる磨きをかけて皆様とともに歩んでまいります。

2016年2月8日 medu4 穂澄

合格発表をうけて

過去11年の推移

合格発表の結果を示す。

(採点除外問題のリンクはこちら:110A28, 110C16, 110D43, 110E38

合格率は91.5%と、過去40年の最高値をマークした。以下のチャートを見てほしい。

過去10年では101回で底値を打っているが、104回ごろから(106回を除き)合格率が単調増加にあることが分かるであろう。108回までは8,500人前後であった受験者数が、医学部定員増加の影響などにより109回では約9,000人、110回では約9,500人と増加している。これは0.1%の合格率におよそ10名の医師が含まれることを意味する(筆者はこの0.1%に重みを感じている)。今後上昇の一途をたどるのか、ある回で突然合格率が急降下するのか、動向を見守っていきたい。続いて、合格基準の推移に移る。必修は毎年必ず80%であるため、グラフには含めていない。

106〜109回は合格基準が高かったが、110回は105回以前の水準に戻った印象だ。110回は合格基準を下げ、その代わりに合格率を上昇させる、という形となった。当たり前だが、国家試験は必修を除き、相対評価だ。本番でたとえ「できなかった!」と感じたとしても、全国の受験生が得点できていなければ合格基準は下がる。また、国の方針で合格率を上昇させることになれば、たとえ得点を確保できていなくても合格の運びとなるかもしれない。本番ではとにかくあきらめないこと。最後まで全力で問題にぶつかってほしい。なお、11回の国試中実に9回で臨床問題より一般問題の合格基準が低いことを確認されたい。特に近年の国試では臨床問題で斬新な問題が出題されたとしても、選択肢から消去法で導くことが容易な問題が多く、臨床は比較的得点が取りやすい傾向にある。対する一般問題は臨床文というヒントがないため、「知らなければアウト」なこともあり、得点が低くなりがちである。112回では一般問題が減少することが謳われているが、少なくとも111回の受験生には一般問題対策を入念に行うことをすすめる

大学別の合格状況

大学別の合格状況についてみてみよう。新卒・既卒合わせて98%を超えたのは以下の5大学である。うち、和歌山県立医科大学、順天堂大学医学部、東京慈恵会医科大学は新卒生の合格100%も達成している。 99.1% 和歌山県立医科大学、自治医科大学 98.5% 東京医科大学  98.2% 順天堂大学医学部、東京慈恵会医科大学他方、85%を切る大学もある。また、合格率下位15大学のうち、2/3が私立大学という事実もある。大学のカリキュラムや学生どうしの結束・情報共有、など様々な要因でこうした差が生まれていると思われるが、日本の医療水準をさらに高めるためにも、大学別合格率は均一となることが理想と考える(均一な教育をせよ、という意味では決してない。日本各地どこでも良質な医療を受けられることが理想だと言いたいのだ)。

新卒と既卒

最後に、新卒と既卒の合格率についてのチャートをみてみよう。「最大受験回数」とは、卒業後、何回国家試験を受けられるか、を意味する(すなわち「10回〜」に含まれる受験生も実際に10回以上受験しているかはわからない)。

新卒の合格率が94.3%であるのに対し、既卒は全体で60.1%となる。また、2浪以上(3回〜)すると既卒全体の平均よりも下回るという結果になった。既卒生の合格率が低く出る理由は非常に多岐にわたるが、1つには「適切な学習方法・学習習慣が身についていない」ということが挙げられよう。ここで留意して欲しいのは「学習教材が間違っている」というわけではないということだ。ここ5年間で、医師国家試験対策の教材やビデオ類はかつてなく進化した。いまどき、国家試験対策として分厚い内科学書を読んで独学している学生はいまい。みなほとんど同じ教材を学習しているのである。ではどうして個人差が出るのか。それは『勉強のやり方と学習に確保できる時間とその能率』がちがうからだ。合格のためには正しいやり方で、できるだけ多くの時間を、極力集中して学習する必要がある。この3つのうち、どれか1つでも欠けると十分に学習成果が現れてこない。現状の医学教育では実際の医学知識を教えることに終始してしまい、そうした点まで踏み込むことができていないのが問題といえる。medu4では「具体的なやり方」、「勉強時間の確保法」、「学習密度の高め方」にまで踏み込んで教材作成や実際の指導を行っていく所存だ。

結び

最後になりましたが、110回合格者の皆様、本当におめでとうございます。良医になるためには、最初の数年が非常に重要です。一見不毛な下積みに思えるかもしれませんが、初期の医師としての生活習慣はその後の数十年を決する重要な因子です。初期研修から全力でがんばってほしいと思います。また、111回以降の受験生の方々へ。最後のチャートでお示ししたように、とにかく早期に決することが国試は重要です。「後で後で」と思っていると、基礎力すらままならない状況ですぐに国試がやってきます。早めに学習を開始し、一歩一歩成長していって下さい。応援しています!

2016年3月22日 medu4 穂澄