111回医師国家試験・総評

2017年2月10日(土曜日)から13日(月曜日)の3日間にわたり、第111回医師国家試験が施行された。

「よくまぁこれだけ完成度の高い試験を作り上げられたものだ」......これが率直な感想である。1つ1つの問題について言及し始めれば当然ながら悪問も奇問も存在する。が、500問もの問題をこれだけバランス良く、かつ美しく配備した試験は他に見たことがない。私の知る過去30年分の国試を振り返ってもこれほど作り上げられたセットはなかった。まずはこの奇跡的なセットに出会えたことに感謝しよう。

以下、111回の全容を詳細に述べる。(受験直後の方はお疲れかも知れないが)刮目して読んでいただきたい。

難易度

難易度面では難化した。
医学の進歩とともに、医師・医学生に要求される知識も飛躍的に増加している。また、大学カリキュラムの充実、CBT試験の厳格化、学習教材の充実等の事情により、医学部生自体の学力レベルが向上しているという背景もある。そのためここ数年で医師国家試験の難易度は上昇の一途を辿っている(筆者は「国試のインフレ化」と呼んでいる)。

111回医師国家試験のインフレ具合はここ数年の流れからすれば妥当な範囲での難化であった。赤城乳業がガリガリ君をもはや60円で売らないのと同様、医師免許を取得するために必要な知識も増えているわけだ。

ここで問題なのが、重箱の隅的な知識をつついて揚げ足を取るタイプの不毛な難化なのか(筆者は「ズルい出題」と呼んでいる)、臨床医学・基礎医学双方の本質に即した健全な難化なのか、という点である。残念ながら前者のタイプの問題も散見はされたものの、大半は後者の出題であり受験者の思考力を問う良問が多かった。

ちなみに、前者のタイプの問題も次年度以降の受験生は過去問対策をバッチリ行うため、やがて常識となる。暗記にするに値しない事項を頭に詰め込まねばならないのは悲劇だが、「医学部生の学習能力の高さを買っての出題者の期待」と善意に解釈しておくこととする。何事にも必要悪はあるものだ。

形式

形式面では「静」であった。A/X2/X3/L typeそして計算問題もここ数年とほぼ同数。次年度に大改訂を控えた今、形式面で斬新さを打ち出す必要はなく、当然のことと思われる。

計算問題は111B62111D60111E69111G69の4問が出題された。このうち前2者は小中学校的な算数の計算力を要求する問題であり、医学的公式とは直接関係しないものであった。幼少期の算数との親しみ具合により得意不得意が分かれるところであるため、次回以降の受験生で意識をもつ者には早期に対策をしておくことを勧める。

科目別出題

全500問を科目別に割り振り、その出題数をグラフにした。「過去問集の厚さ=出題数の多さ」と考えている者にとってはもしかしたら、かなり衝撃的なデータかもしれない。

内科・外科(グラフは赤色)の出題数は205問となり、とうとう全体の40%にまでその地位を落としてしまった。特に消化器領域の出題数が大きく減少している。そして内分泌代謝や循環器といった古典的ボリューミー科目を差し置いてトップに躍り出たのは呼吸器である(medu4では肺炎を感染症に分類しているため、もし肺炎まで呼吸器に含めると圧倒的な数になる)。神経は疾患数が多いため過去問集では分厚くなる傾向にあるのだが、実際の出題数は例年25問程度と多くない。

問題集の分厚さと言えば産婦人科、小児科もすぐ頭に思い浮かぶだろうが、これらの科目も35問ずつにとどまった。特に産婦人科は大きく減少している。出題内容も従来型の回旋タイミングといった細かな事実を問うよりも、正常妊娠や正常分娩について基本的な事項を問う形式が多い。産婦人科に限ったことではないが、細かすぎる事実は専門医になってから。まずは研修医として多数の科目をローテートするにあたって重要な事項を押さえて欲しい、というメッセージはここ数年の国家試験から感じ取れる。

マイナー(グラフは緑色)の出題数は75問。かつて100問程度出題されていた頃の面影はもはやない。とはいえ、単なるパターン対策では取れない問題も一定数あり、学習の難しいところだ。なお、眼科と精神科は出題数が増加している(これは年度による誤差の範囲内だろう)。

公衆衛生の出題数は60問弱。必修の問答物を含めるともう少し数は多くなるが、それらは常識的センスで対応可能なのでわざわざ公衆衛生に含める意味がない。ピュアな公衆衛生は出題数が減っている(なんと、感度・特異度から検査後確率を算出させる問題も今年は出ず!)。しかも、一部の図表読解等を除き、かなりの数がプール問題であった(この点に関してはより詳しく後述する)。

上記の古典的科目が大きく議席を減らす中、着実に増えているのが救急。中毒と合わせると第6位に位置する。110回でみられたような超臨床的な難問は影を潜め、救急のABCを問うような基本的な問題が目立った。

全科目中、出題数の増加率No.1は今年も加齢・老年学だ。110回よりもさらに6問増え、17問となった。内科領域で言うと腎や肝胆膵を凌駕し、血液や免疫、感染症に匹敵する分量の出題がある。凄まじいスピードで高齢化が進む日本の事情をよく反映した出題の遷移と言えよう。

1点だけ注意してほしい点がある。それは出題数の過少と学習時間の過少は相関しない、という事実だ。たとえば腎より救急の方が3倍程度出題されるから、救急を3倍学習すればよいか、というと、そうは問屋が卸さない。実際は腎の学習が救急の2倍は必要だろう。科目特性と出題の深み、他科目へ及ぼす影響力の過少が学習時間に相関する。腎は全領域の礎となる科目であるため、それ自体の出題数は少ないが、本質的に理解するためにはかなりの学習が必要となる。

形式別出題

各論(A/D/Iブロック)

科目ごとのタテ切りの知識を問うブロックを「各論」と呼ぶ。いわゆる『臓器別』と呼ばれる講座を受講することで飛躍的に得点力が向上する部分であり、またいわゆる『科目別問題集』と呼ばれる分厚い冊子たちを低学年から解くところでもある。

100回代前半までは各論、もっといえば内科の各論的知識をマスターすれば国試は大丈夫だという共通認識が受験生にあった。この神話が崩れだしたのが105回あたりである。知識の膨化に伴い、とある科目を履修しても数か月後には忘れ去ってしまう。危機感を感じた筆者は早期に各論学習を修了させ、科目横断的な学習に移るよう指導を始めた。

今、111回を見てこの判断が正しかったことを確信するに至っている。各論で出題を難しくしうるのは一般問題(80問しかない)だけなのだ。111A2111A16が好例である(これらは知らなければ正答に至るのは困難であろう)。一方の臨床問題(120問もある)は典型例だったり、自信がなくとも「なんとなく」で解けるものが多かった。むろん臨床問題を難しくしようと思えばできるのだが、そうすると「情報が足りなすぎて何が何だか分からない悪問」となりクレームがつくので、相当な作問能力がないと実現不可能である。

総論(B/E/Gブロック)

上記「科目横断的な学習」に該当するのが総論だ。解剖、生理、症候、検査、治療、といった切り口から多臓器を複合して俯瞰していく。111回は総論ブロックに難問が多く配備されていた。また、総論ブロックには3連問と呼ばれる長文セットも含まれる。この長文問題に特に深みある(≒難しく感じる)ものが多く、受験生は辛かったと思う。

長文問題の代表例として提示したいのが111G66〜68だ。内視鏡手技の合併症と思われる症例だが、この3問に解答するためには消化管、呼吸器、感染症、放射線科の綿密な知識が要求される。特に呼吸生理をマスターしていないと3問目に自信をもって解答するのは厳しいだろう。

もしかしたら受験生諸君の中には総論ブロックをそれほど難しく感じなかった者がいるかもしれない。これは総論ブロックに公衆衛生を中心とする一般問題が多く(各ブロック40問と過半数)含まれるためだ。111回の公衆衛生は一部の図表読解等を除き、プール問題が非常に多く、このため総論ブロックの「みかけ」は険しくなかった。だが、そんな仮面など今後は剥がれていくに違いない。これからの国試では総論分野でどこまで戦えるか、がカギとなっていくだろう。

以上をまとめると、非常に興味深い図式が完成する。すなわち、111回国試は各論では一般が難しく臨床が平易、総論では一般が平易で臨床が難解な傾向であった。その性質上これはある意味必然であり、今後も続くと思われる(公衆衛生の一般問題が激化しない限り......)。

必修(C/F/Hブロック)

必修は初日のCブロックに難問が集中しており、受験生がざわついたようだが、2日目のFと3日目のHは標準的であった。国試において3日間が3日間とも難問だらけ、という事態は過去にない。初日が難しければ、翌日以降は控えめになるのだ。それを大人しく待てばよい。必要以上に動揺するのが一番好ましくない。

必修全体としては、出題者の恣意に満ちた出題は撲滅され、極めてスタンダードな問題で構成されていた。もちろん、ピリッとスパイシーな問題も数問存在した。111C21111F24などが好例だ。特に後者の問題はCO2ナルコーシスに留意しつつ酸素の投与量を少しだけ上昇させる、という趣旨のもので豊富な臨床経験がないと自信をもって正答することは難しい。さらには本問には禁忌肢と思しきものも配備されておりいやらしい。

スタンダードに実習もこなし、大学講義にも出席し、卒業試験も突破した学生なら80%を下回りにくい構成になっており、非常に好ましい傾向に感じた。

トピック

鑑別力の強化を要求

初出、というわけではないが、111回では「鑑別診断に必要な検査・質問」を問う出題が目についた。111B56111F17111I38111I53111I76などがよい例である。
臨床の現場でも患者をひと目見ただけで一発診断できる、ということは稀だ。与えられた情報から疾患を絞り、時間や経費も総合的に考えて行うべき検査を選ぶこととなる。本パターンはそうしたトレーニングにうってつけな出題形式と言えよう。次年度以降の受験生は模試等で慣れ親しんでおくとよい。

新作問題とプール問題のきれいな棲み分け

いかに国試が難化しているからといっても、全てが難問であっては合格基準が著しく低下してしまう。これは国家としては好ましくない(「医師国家試験って4割正解すれば医者になれるんだって」なんて世間の人が言いだしたらマズイ)。ゆえに確実に取れる問題も相当数用意してくれている。111回はその差別化がかなり明瞭で、問題を一目見れば「全然知らないっ!」または「あっ、解けそう!」と判別できたはずだ。露骨なプール問題も多く、特に111I9は糸球体と尿細管の模式図をみて「ニヤっ」とした受験生も多かったはずだ。

新作問題は深くまで考えて正答を導こうと努力すること、そしてプール問題は絶対に落とさないこと。このバランス感覚が合格には必須となる。

インスパ問題の深みの増加

新作問題でもないが、ミエミエのプール問題でもない。そうした中間的な問題を筆者は「インスパ問題」と呼んでいる(inspireされた、ということ)。従来のインスパ問題は過去問数年分の選択肢の寄せ集めが多かったのだが、111回では深い深いインスパ問題が見られた。

一例を挙げよう。111D51をみてほしい。抗SS-A抗体が胎盤通過し、胎児の心拍に影響を与えるという知識である。これを新作問題と思ったか、インスパ問題と思ったか、が受験生の過去問への取り組みの深さを物語っている。どうしてか? それは109B22を見ていただければ分かるはずだ。当時の出題を単に「IgGは胎盤通過性があるから」とだけで片付けていた受験生には111回の問題は新作に映っただろう。一方、きちんと機序までふまえて109回の問題に取り組めていれば今年の問題はすぐに解けた。

こうした出題が111回では目立った。過去問は単なる過去問で終わらせず、インスパ問題への突破口として利用すべきである。

新出事項・多く出題がみられた事項

今年も多くの新顔が国試に登場した。

口腔アレルギー症候群(111D1)、nephrogenic systemic fibrosis〈腎性全身性線維症〉(111E34)、敗血症性ショックのあたらしい診断基準(111E60)、性同一性障害(111G54)、抗ARS抗体(111I54)などである。次年度以降本格化するのか、あるいは一発屋で終わるのか。動向を見守っていきたい。

また繰り返し出題がみられた事項もある。梅毒は111D10111E66〜68で合計4問登場(時勢を反映している)。eGFRは111C11111H19で2回、メタ分析は111E36111F5で2回、それぞれ出題がある。

そして時代は思考力へ!

80回台までの国試は暗記力であった。90回台までの国試はパターン力であった。100回台までの国試は病態生理であった。病態生理が重要であることはいつの時代も変わらないが、既に相当数の受験生に浸透しておりもはや差をつけない。断言しよう、110回台の国試は思考力が合否を分ける

受験生は試験会場で痛感したことと思うが、あれほどまでに死ぬ思いで学習をしたにも関わらず、かなりの数の問題を「分からない」と感じたはずだ。病態生理で消去法的アプローチをしても限界がある(そもそも作問者も受験生がどこを消去してくるか予想して対策を打ってあるので、単に病態生理では最終的な解に至らない)。ここでさらに思考力を駆使するのである。

例を挙げる。111E31をみてみよう。病態うんぬん以前に「知識問題だ」「知らない」と思ってしまった者が多かったのではあるまいか。適当に○を付けて次の問題に行くか。いや、その前に思考しよう。副腎皮質ステロイドは人体のどこで作用を発揮するのだろうか。解熱作用がある、ということは(血液を除き)人体最大の臓器である肝に強く作用していくのではあるまいか。そういえば抗結核薬は腎排泄性のものと肝排泄性のものとがあって、肝排泄のものとしてリファンピシンを覚えておけばよかった。リファンピシンが肝に作用したら副腎皮質ステロイドの効力にも何かしらの影響が出るのではなかろうか、......ここまで導ければ勝ちだ。

思考力は当然ながら一朝一夕では身につかない。また、日頃から考える習慣を付けておかねば一向に磨かれない。「とりあえず覚えよう」「ノートに書いてあるはずだ」といった安直な習慣に終止符を打つこと。これは医師になってからも重要だ。自分にとって未知の疾患の患者さんに遭遇した際にどう対処するか。すぐに専門医をコールするのか、それとも自分の思いつく限りでとりあえず対処するのか(むろん手に負えないと判断したら速やかにコールして下さい)、こうしたところで臨床力が磨かれていく。日々の習慣で人は変われる。そう信じて行動変容をしてみよう。

まとめ(次年度以降の受験生へ)

例年になく長くなったが、次年度以降の受験生のためにまとめると以下の5つとなる。

   ①インフレ化に取り残されない万全な対策を行うこと
   ②科目別出題数がここ数年で大きくシフトしているため、国試を正確に知ること
   ③各論の学習をなるべく早期に完了させ、総論の学習に時間を割くこと
   ④過去問を深めて、インスパ問題に対応できるようにすること
   ⑤鑑別診断などを日頃から考え、思考力を養成すること

112回は改訂されたガイドラインも適応され、日程等でも国試に大きな変化が予想される。情報のアンテナを広くはり、up to dateな対策をしていただきたい。

最後に

111回受験生のみなさま本当にお疲れ様でした。新たなスタートに向け、しばしの休養をとってください。そしてできれば私達とともに学習した思い出を忘れないでください。勉強を辛く感じた方もいるかもしれません。「もう穂澄の顔なんかみたくないっ!」なんて。でもつらい思い出でもいいんです。長い人生、必ずその糧になりますから。

次年度以降の受験生の方々へ。2017年度のmedu4は上記5点を中心に、さらに講義力・教材力・情報力を充実させ、進化します。医師国家試験業界で国家試験に最も近い存在でありたい。そう願ってスタッフとともに日々研鑽を積んでいます。112回国試へ、そしてさらにその先へ、ともに歩んでまいりましょう。

2017年2月13日 medu4代表 穂澄